私は悲観論者ではありません。
ただ、今の日本の腐敗と堕落を見れば絶望せざるを得ません。
故に考えましょう?
この国の根本的な弊害と後退を・・・・。
悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人は幸いである。このような人は主のおきてを喜び、昼も夜もそのおきてを思う。このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると、実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。
2023年7月24日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
60歳という年齢
久しぶりのブログ更新です。 実は、書かなきゃ、書かなきゃ、と気になっていましたが、なかなか筆が進みませんでした。 やはり、60歳過ぎると体の彼方此方にガタが来て、朝、起きても腰の痛みやら、関節の痛みやらが抜けない状態です。 これが、60代以降と50代以前の違いでしょう。 60歳を...
-
久しぶりのブログ更新です。 実は、書かなきゃ、書かなきゃ、と気になっていましたが、なかなか筆が進みませんでした。 やはり、60歳過ぎると体の彼方此方にガタが来て、朝、起きても腰の痛みやら、関節の痛みやらが抜けない状態です。 これが、60代以降と50代以前の違いでしょう。 60歳を...
-
私は聖者でもないし、聖者には決してなれない。 なぜなら私は私の罪で覆われているからです。 然し、故にその罪を贖うために正しく生きるように心がけています。 やらない偽善より、やる偽善 と、ひろゆき信者がツイートしてきましたが、これは完全に誤りです。 なぜなら『偽善』と言う行為は決し...
-
極端な話、民主主義でも社会(全体)主義でも、資本主義でも、共産主義でも、そして独裁主義でも為政者、国民が正邪、賢愚、真偽、善悪の判断を間違えない大丈夫ができていれば良いだけなのです。 ただ独裁主義や社会(全体)主義はその大丈夫ができていない為政者が指導者になった時、その独裁主義や...
0 件のコメント:
コメントを投稿